白浪(しらなみ=盗賊)五人男が織りなす悪の華。色彩美・音楽美にあふれた歌舞伎屈指の名場面。
捕手たちは、迷子を捜すさまに見せかけ、稲瀬川で秘かに白浪である五人を待ち伏せしていた。そこへ弁天小僧を先頭に、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、そして駄右衛門の白浪五人男が稲瀬川へやってきた。勢揃いした彼らは、臆することなく一人ずつ名乗りを上げ、捕手と渡り合うのだった。
川東小学校では5年生の総合学習の時間に農村歌舞伎(地芝居)について学ぶ時間があります。一般的に有名なこの演目を毎年やっていますが、その年々で配役が変わるので学年のカラーが見えてきます。またこの五人男を元に学校キャラクターを作り学校を紹介する五七調の台詞で舞台に立ちます。更に毎年恒例となっている安心安全キャンペーンではヨイチ君たちとのコラボも見どころの一つとなっています。
白浪(しらなみ=盗賊)五人男が織りなす悪の華。色彩美・音楽美にあふれた歌舞伎屈指の名場面。
捕手たちは、迷子を捜すさまに見せかけ、稲瀬川で秘かに白浪である五人を待ち伏せしていた。そこへ弁天小僧を先頭に、忠信利平、赤星十三郎、南郷力丸、そして駄右衛門の白浪五人男が稲瀬川へやってきた。勢揃いした彼らは、臆することなく一人ずつ名乗りを上げ、捕手と渡り合うのだった。
小学生と同じ演目ですが衣装が違っています。・・・そしてお稽古の時間も小学生に比べて少なめです。
農村歌舞伎の役者してもらい、内側から理解してもらおうという企画から始まったこのコミュニティ有志ですが、一番公演の中で面白いと思われます。演目終わってのインタビューですが。市の職員からPTA、学校の先生に消防局職員に地元の誰か・・・さぁ今年は誰が舞台に立つのでしょうか?
正確には「式三番叟引抜段廻り・衣裳山」という。
まず、寿式三番叟から始まり千畳敷になり、次に衣裳山『児雷也』のだんまりからの引抜きとなる。最後に蜘蛛の糸を投げ六方を踏んで入っていたという。
千畳敷は、四十八段返しともいう。明治の初め頃に専光寺の住職松平縁淨氏が作ったもので、その後、昭和7年頃に役者連中が傷んだものを描き直し、更に平成9年に約30年ぶりに復活したのが現在のもので、絵も昔の通りに描いてもらったものである。
衣裳山は役者が当日あるだけの衣裳を着て舞台に出て見えを切るもので、祇園座の芝居は衣裳自慢であったことからこれを出すと喜ばれた。
役者が出た後に衣裳が残っていると、裏方でもだれでも手の空いた人が衣裳をかぶって出た。着物でほおかむりをして出ても衣裳山の一つだという。
昔は『樋うつし』という、長い竹で樋を作って中に糸を入れて舞台の上へ吊り上げ、下にも紐をつけておく仕掛けを、役者が糸を投げて決まると同時に裏方がひもを引く。すると樋がひっくり返って糸が滝のように落ちてくると水野先生のお話を聞き、今回はこの舞台装置を復活せさました。
福井県吉城山近くの十勝村に吉田與惣次という者が母の茨木と嫁のお清と暮らしていました。
その頃に吉崎には蓮如上人がおられ、嫁のお清は亡くなった子どもの供養の為毎夜吉崎御坊に参詣していました。
逆に母の茨木は念仏嫌いの上嫁憎しと、吉崎参りの邪魔をしてやろうと家に伝わる鬼の面を被り、一本杉という山道で鎌を持って脅してやろうと思いつきます。
寺参りの帰りに與惣次が煙草入れを忘れたことに気がつき取りに帰ったところ、白山権現の使いを名乗る茨木が脅しにかかるのですが、お清は仏様のご加護があると言い動じません。
それを聞いた茨木は怒りにまかせお清を鎌で斬り殺し、家へと帰っていきます。
そこへ戻ってきた與惣次がお清の死骸を見つけるのですが、蓮如上人直筆の名号がお清の身替わりとなり傷一つ負わされてはいなかったのです。
一方、お清を殺し満足した茨木は面を取ろうとするのですが・・・。
人形浄瑠璃では岐阜県の真桑や新潟の佐渡等で公演していますが、歌舞伎としては全国でも祇園座だけが公演している演目です。